議論しようよーサイトが固まっちゃってるよー
死の概念について。輪廻のように、死などないのではと。
長い宇宙の時間的軸の中で、人類の誕生とその歴史は比較すればわずかなものです。生命は必ず死ぬと辞書にあるけれど、それは全体のごく一部に過ぎず、循環の一環としてあり、それを死というのだけれど私にはそれが、一部としてみなせば構成する素のようなものだと思った。こんな感じを覚える人はいるかな。
身近な死から逃れるための解釈かも知れないが、この考えは議論の礎にでもなるのではないかと思った。
多くの場合に死は悲しまれて、絶望的なものだとされているけれど、少し肯定的にみようと試みればどうだろう? 我々の体内でも毎日細胞は死んでいるね。それを意識しないから私たちは悲しみを覚えないのかな? 命には優劣万別ないはずだが。 細胞は死んで、そこに新しい細胞ができて、体裁を保っている。私たちの力の源はそこだと思える。毎日まいにち、鼓動を幾千と打つほど、気が遠くなるほど、我々はこの循環を繰り返してきた。そして何かを受け継いでるのだろうな。
長い宇宙の時間的軸の中で、人類の誕生とその歴史は比較すればわずかなものです。生命は必ず死ぬと辞書にあるけれど、それは全体のごく一部に過ぎず、循環の一環としてあり、それを死というのだけれど私にはそれが、一部としてみなせば構成する素のようなものだと思った。こんな感じを覚える人はいるかな。
身近な死から逃れるための解釈かも知れないが、この考えは議論の礎にでもなるのではないかと思った。
多くの場合に死は悲しまれて、絶望的なものだとされているけれど、少し肯定的にみようと試みればどうだろう? 我々の体内でも毎日細胞は死んでいるね。それを意識しないから私たちは悲しみを覚えないのかな? 命には優劣万別ないはずだが。 細胞は死んで、そこに新しい細胞ができて、体裁を保っている。私たちの力の源はそこだと思える。毎日まいにち、鼓動を幾千と打つほど、気が遠くなるほど、我々はこの循環を繰り返してきた。そして何かを受け継いでるのだろうな。
死の概念について。輪廻のように、死などないのではと。